こんにちはMaruです。
2019年12月16日放送の世界ナゼそこに日本人に
工藤賢司さんが山梨の山奥に住むという仙人で
紹介されるようです。
廃校になった増富中学校に15年も住んでいるらしいですが
紹介される画像はなぜか上半身裸です。
wikiプロフィールを確認すると
工藤てる日美術館を管理する芸術家という
予想に反してとんでもなくスゴイ人をまとめてみました。
目次
工藤賢司が山梨の仙人!増富中学校に工藤耀日美術館を作るスゴイ人
日本の秘境に住む人を紹介してくれる
世界ナゼそこに日本人は
日本の知らない部分を見せてくれるので
いつも楽しく見ています。
登場する人物は近代化日本には似つかわしくない
格好をしていてホントに日本なの?
って疑問に思ってしまう外見をされています。
山梨県の奥地の仙人として紹介される
工藤賢司さんも事前に紹介された画像は
上半身裸というお約束でした。
別に仙人は上半身裸がデフォルト
ではないとは思うんですけど何なんでしょうねw
廃校に15年も住み着いているということですが
その場所がこちらになります。
山梨県北杜市須玉町小尾にある増富中学校は
平成16年に廃校となり
付近の集落も過疎化が進むホントの田舎にあります。
廃校となった増富中学校ですが
実は今別の目的で使用されているんです。
工藤耀日美術館
工藤賢司さんが本名で工藤耀日さんとして
アート活動をされているようです。
どんな人物なのかwikiプロフィールを
まとめてみました。
工藤賢司のwikiプロフィール
本名:工藤賢司
画号:工藤耀日(てるひ)
生年月日:1939年
年齢:80歳(2019年度)
出身地:北海道利尻島
出身校:武蔵野美術学校
過去には何度も大きな賞を受賞していて
芸術家としてスゴイ人らしくて
水墨画に魅せられ18年間も中国で修行をした結果
実力が中国で認められ客員教授として
重慶、西安で教えていたようです。
気になる物が見つかるととことん調べ上げる性格が
作品にも生かされているようで
何年にもわたり描き続けることもあるようです。
増富中学校に工藤耀日美術館を作った理由は?
プロフィールを見ている限り
工藤賢司さんは山梨県に縁がありそうになかったですが
調べたらホントに無関係な土地に住んでいました。
中国で修業した工藤賢司さんは
日本で芸術活動が出来る場所を探していた時に
たまたま立ち寄った増富中学校に
一目惚れをしたことがキッカケでした。
元々は工藤耀日美術館として
オープンする予定はなかったのらしいですが
近所の人が見れるようにと
作品を飾り続けていった延長線上で
工藤耀日美術館が出来上がったのです。
私は芸術の事は疎いので
工藤賢司さん、工藤耀日さんの名前は共に
知らなかったのですが
過去にはタレントや芸術家を志す人たちが
訪れたりしていました。
女神館と名付けられた旧体育館です。
縦約24m × 横役14mという
とても大きな作品があり以前は天井画として
飾っていたみたいです。
工藤賢司さんが工藤耀日美術館に飾る作品を
ネット上で何点か見ることが出来ましたけど
繊細だけど力強い筆さばきで魅了されてしまいました。
ちょっとすごいとこ行ってきた。
山梨の廃校調べてる時に知った場所で、
工藤耀日さんって芸術家が廃校を利用してやってる美術館。
体育館に飾られた巨大な作品が圧巻。
完成に15年近くかかったんだとか。 pic.twitter.com/XlMtCvccY3— Yosuke1 (@kubinash1) August 10, 2019
増富中学校は辺ぴな場所にあるので
訪れようと思うとちょっとしんどいですが
芸術を勉強している人ならば
行ってみる価値があるのではないでしょうか?
12月16日の世界ナゼそこに日本人
実はスゴい人?
山梨の山奥の廃校に
15年も住みついている謎の“仙人”。
生活用具はほぼ学校の備品!?
彼がこの場所で暮らす驚きの目的とは?
Yahoo!JAPANテレビ
工藤賢司が山梨の仙人!増富中学校に工藤耀日美術館を作るスゴイ人【ナゼそこに】のまとめ
今回は次のようにまとめてみました。
- 工藤賢司が山梨の仙人!
- 工藤賢司のwikiプロフィール
- 増富中学校に工藤耀日美術館を作った理由は?
- 12月16日の世界ナゼそこに日本人
今回登場する工藤賢司さんは
ただのお年寄りかと思ったら工藤耀日さんという
偉大なアーティストでした。
廃校を新たな活動場所として再利用するのは
全国各地で行われていますが
増富中学校も工藤耀日美術館として
脚光を浴びています。
工藤賢司さんの作品がどのように紹介されるのか
放送が始まるのが楽しみです。
最後までお読みいただきありがとうございました。