升田鉄三(赤ひげ先生)プロフィールは?礼文島の診療所の医師がヤバイ!【家庭の医学】

スポンサーリンク

こんにちはMaruです。

2019年11月12日に放送される

たけしの家庭の医学で医者である

升田鉄三(ますだてつぞう)さんが特集されます。

番組では令和の赤ひげ先生

呼ばれていたので一体どんな人物なのか

wikiプロフィールを調べてみました。

すると北海道の離島である

礼文島でDr.コトー診療所さながらの

活動をされていました。

島民の命を預かるという重責の中

自身の体はがんに侵されながらも

無医村を防ぐというために働くこと34年。

一体どんな人物なのか迫ってみました。

スポンサードリンク

升田鉄三(赤ひげ先生)プロフィールは?礼文島の診療所の医師がヤバイ!

まずは升田鉄三医師のプロフィールを

簡単にまとめてみました。

氏名:升田 鉄三(ますだ てつぞう)

生年月日:1954年

年齢:69歳(2019年現在)

出身地:北海道礼文町

出身校:秋田大学医学部

職業:医師

勤務先:礼文町国民健康保険船泊診療所

役職:所長

升田鉄三医師が医師となったキッカケは

礼文島出身の医師が長い間おらず

50年ぶりの礼文島出身の医者になったら?

という妻の勧めにより医学部に進学したのです。

秋田大学を選んだのは

升田鉄三医師のお母さんの出身地という

理由があったからのようです。

そして升田鉄三さんが礼文島の医師として

着任したのは1986年の事でした。

離島医療をすることを見据えていたので

赴任前には内科だけではなく

外科的治療に関しても学ばれています。

産婦人科の研修もされているので

ホントに何でもできるスーパードクター

言っても過言ではないくらいです。

ただこの島には升田鉄三医師しかいないため

医療に関わる全ての事を一人でされており

無医村にしたくないという思いから

礼文島での診療は34年間にもなったのです。

礼文島

稚内の西に位置する礼文島の人口は

約2500人で65歳以上の高齢者が36%

75歳以上が20歳以上を占める高齢化の街です。

それでも小学校は3校、中学校は2校

高校は1校にコンビニもある町です。

スポンサードリンク

礼文島は観光客が多く訪れる場所なので

島内には多くの宿泊施設が存在しています。

しかしながら生活していくには

やパリ不便なことが多く

升田鉄三医師が赴任してきた当時は

5200人いた人口も減る一方です。

赤ひげ先生って?

升田鉄三医師は令和の赤ひげ先生と

呼ばれているようですが

そもそもに赤ひげ先生とは

一体どんな人物なのでしょうか?

調べてみると時代小説に登場する町医者で

貧しい人からは治療費を取らず

どんな病人でも平等に診察してきたので

理想の医者として語る時に使われる言葉です。

スポンサードリンク

赤ひげ先生は実在した人物ではありませんが

モデルとなった人物がいて

江戸時代の小川笙船(おがわ しょうせん)という

町医者だと言われています。

礼文島の診療所って?

礼文島には

礼文町国民健康保険船泊診療所

が一つあるだけで

礼文島の医療に関する全てを請け負っています。

礼文島で升田鉄三医師がされている職務について

まとめてみました。

・外来・入院患者の治療

・夜間・休日の救急患者の対応

・訪問診療

・特別養護老人ホーム入居者の新札

・党内の職場の定期健診

・年に一度の健康診査

・乳幼児健診

・保育所健康診断

・学校の内科健診

・予防接種

・介護関係

これだけの仕事を一人でされているって

ヤバくないですか?

30代、40代なら若さに任せて

パワフルに活動できますが

もうすぐ70歳になるという年齢で

ここまで働いているのはスゴイ!の一言です。

重病人が出た時に離島という事もあって

天候が悪ければ搬送することが出来ないため

礼文島の診療所で可能な限りの診察をするため

様々な医療機器を揃えています。

例えば透析器や血液検査機器

内視鏡、CT、MRIといったものです。

スポンサードリンク

升田鉄三医師は地域完結型の医療を

目指しているので診療所としては

十分すぎるほどの医療機器を揃えているようです。

礼文島在住の人にしてみれば

升田鉄三医師はとても大きな存在ですよね。

自宅で最期を迎えたいのに

それを支えてくれる医師がいなければ

自宅ではなく病院で入院となり

治療を受けることになります。

けれど往診をしてくれる医師がいれば

容体が落ち着いていれば

自宅で過ごすことが可能になり

悪化すれば自宅で治療をしてくれるので

患者と家族が貴重な時間を過ごすせます。

しかし升田鉄三医師は低悪性のリンパ腫で

自身も病に侵されていました。

病気になりながらも礼文島で

たった一人の医師として活躍してこれたのは

島民からの信頼が得られたことだそうです。

そして34年続けてこられた離島医療も

来年の春で引退です。

35年目の春に若い医者に引き継がれるようです。

引退まであと半年ちょっとを

礼文島の人のために治療を頑張って欲しいです。

11月12日のたけしの家庭の医学

おらが村の名医SP!北海道

礼文島の島民約2500人の命を守る

令和の赤ひげ先生に密着!

人口が減り続ける礼文島を

無医村にしてはならない…。

そんな思いから34年間

島民の命に寄り添い奔走してきた。

しかし、升田先生の医療活動は

離島ならではの苦労と苦難の連続…。

Yahoo!JAPANテレビ

スポンサードリンク

升田鉄三(赤ひげ先生)プロフィールは?礼文島の診療所の医師がヤバイ!【家庭の医学】のまとめ

今回は次のようにまとめてみました。

  • 升田鉄三医師のプロフィールは?
  • 赤ひげ先生って?
  • 礼文島の診療所って?
  • 11月12日のたけしの家庭の医学

升田鉄三医師についてまとめましたが

調べれば調べるほど

医師の鏡のような人だなと思い

赤ひげ先生と呼ばれるのも納得です。

やっている活動はDr.コトーよりも

凄くないですか?

島民の人数が全然違うし。

升田鉄三医師がいなくなった後の

礼文島の診療所がどうなるか

心配だったのですが

来春に若い先生が赴任するそうなので

安心することが出来ました。

ただその先生は礼文島での診療は

とてもやりづらいでしょうね。

升田鉄三医師が34年間かけて築いてきた信頼に

パッと来た医師が割り込めないので

そこで心が折れてしまわないか心配です。

偉大過ぎる升田鉄三医師について

まとめてみました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする