上地雄輔に勝った野球少年本永誠史(もとながまさし)が姿を消した真相は?今現在は何を?(消えた天才)

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2019年1月13日の

18時30分から消えた天才が放送されます。

今回は他にも

マラソン有森裕子が勝てなかった天才

柔道古賀稔彦が勝てなかった天才

平成の怪物松坂大輔が勝てなかった天才

などが放送されました。

毎回、へー、そーなんだー。

すごーい!!などと言いながら

楽しく見ています。

今回は、

上地雄輔を完全に抑え込んだ日本No1天才投手

が出演されるとのことで

きになったのでまとめてみることにしました。

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上地雄輔さんのプロフィール

とても有名な方なので、今更ですが、

どんなにすごい人なのか、

簡単にまとめておこうと思います。

出典:https://www.tbs.co.jp

氏名:上地 雄輔(かみじ ゆうすけ)

アーティスト名:遊助(ゆうすけ)

誕生日:1979年4月18日

出身:神奈川県横須賀市

身長:178㎝

体重:67㎏

血液型:O型

職業:俳優・歌手・タレント

所属:ジャパンミュージックエンターテイメント

野球の経歴

小学生、中学生と、全日本選抜メンバーとして

世界大会に出場した。

小学生時代はキャプテンとしてチームをまとめ、

中学時代は軟式野球クラブチームの

横須賀スターズでキャプテンを務めている。

横須賀スターズは上地雄輔さんが中学3年生の時に、

関東大会で優勝し、全国大会出場している、

高校進学時には、合計38校からスカウトを受けた。

進学高校の決め手は、

中学3年の夏に丹波慎也投手の投球をみて

「この人の球を受けてみたい」と思ったため

私立横浜高等学校に進学した。

1年後輩には松坂大輔がおり、

松坂が入部すると最初にバッテリーを組んだ。

2年生から背番号2を背負ったが、

その年の全国高等学校野球選手権神奈川大会

の試合中に右肘の神経を断裂したため

正捕手を譲った。

そのけがの影響もあり、

プロ野球選手になるのは諦めた。

上地雄輔さん、野球の経歴は

本当に輝かしいものですね。

すごいいと思います。

そんな輝かしい成績をもっている上地雄輔さんが

勝てなかった天才投手とは

いったいどんな人なのでしょう?

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上地雄輔に勝った本永誠史(もとながまさし)さんとは?

出典:https://www.tbs.co.jp

全国大会全てを投げ抜き、

チームを初の全国優勝に導きました。

八代市は大偉業に大盛り上がり!

しかし、甲子園にもプロ野球にも

本永誠史(もとながまさし)さんの姿はありません。

それはなぜなのでしょう?

なぜ野球から姿を消したの?真相は?

当時「自分よりいいピッチャーはいなかった。」と

出場していったほとんどの大会で優勝していた。

そうです。

本永誠史(もとながまさし)さんは上地雄輔さんに

「あんまり印象になくて覚えてなくてすいません。」と

出典:https://www.tbs.co.jp

本永誠史さんは

地元の高校に進学し、野球を続けていたそうです。

そして、高校2年生の冬に、

ピッチングフォームの改善を行ったそうです。

しかし、フォームの改善に失敗し、

本来の投球を見失い、思うように野球ができなくなり、

野球をやめたそうです。

今現在は何をしているの?

現在は東洋水産に勤務しているそうです。

そして2児の父。に

幸せな過程を築いています。

本永誠史(もとながまさし)さんから

上地雄輔さんにメッセージが

「上地雄輔さんに勝ったというのは

僕の自慢話になりますので、

今後もお仕事を頑張って活躍して下さい。」

とのことでした。

まとめ

今回は、上地雄輔さんが全く勝てなかった天才が

出演されました。

本永誠史(もとながまさし)さんは

圧倒的なピッチャーでしたが、

高校野球時代のピッチングフォームの

改善が上手く行かず、

野球を辞めたとのことでした。

地元も高校に進んだそうですが、

もし野球の名門校に進み、指導者が

違っていれば、違う道があったかもしれませんね。

しかし現在、2児の父となり、

幸せそうにされている姿に和みました。

同級生の上地さんとの

ビジュアルのギャップも面白かったです!

今後も本永誠史(もとながまさし)さんを

応援したいと思います。

今回は他にも

マラソン有森裕子が勝てなかった天才

柔道古賀稔彦が勝てなかった天才

平成の怪物松坂大輔が勝てなかった天才

などが放送されました。

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